介護と福祉の業界への就職や転職活動における面接時の注意点

面接時の応答

・マイナスの言葉は使わない。
・実践と技術の習得
・質問の意図。質問をする相手の立場になって考える。
・介護福祉士の本質
・心のケア


よく聞かれる面接時の質問例

http://www.sanpou-s.net/support/interview/interview4.html
http://www.sanpou-s.net/support/interview/


転職について、職歴の多さについて聞かれた場合

大切なのはいずれも前向きな転職であったことを強調することです。

むしろ、多くの仕事経験をしていることを自分の強みとして、自信をもって答えましょう。


面接試験の基本マナー 入室から退室までのマナー


1「はい」と元気よく返事をします

2最初の言葉「失礼いたします」

3イスの横まで歩き、そこで姿勢を正します

始めまして、●● ●●と申します。

4「どうぞおかけください」と言われたら、「失礼いたします」と言ってから着席します。

面接官の目を見て話しましょう

5「以上で終わります」と言われたら、座ったまま「本日は、ありがとうございました」と言ってから立ち上がってイスの横に出て、

6「失礼いたします」と言ってから45度の角度でおじぎをします。

7ドアの前まで歩いたら、面接官の方に向き直って、会釈(15度のお辞儀)をして退室します。


介護福祉専門学校への入学面接時の想定回答

学校の志望動機から。

御校の理念である三つの理念。

人生に共感できる介護の理想の旗。

心と心が通じあうことが求められている福祉。

心のコミュニケーションと同時に、自分も学べることが出来る。

「学びたい」という強い意志によって生まれるものだと感じます。


御校で真剣に学ばせていただくことによってと晴れて、社会福祉士の資格を取得できる事を願います。介護の世界で、残りの人生をお役に立ちたいと願います。

相手の立場に立つことの出来る思いやりのある心を育てる「人生に共感できる」介護が理想。

介護の世界に求められていることは、まさに人生に共感できるための心を養うことの必要性なのだと感じます。また、求め続けることがなければ、この世界で役に立つことが本質的に非常に難しくなることなのだとも感じます。

やりがいのある仕事。それは、言い換えれば天職なのかもしれません。

その理想に近づけるためには、社会の中で、思いやりと感謝の気持ちを持ち続けることの出来るような生活を送っていかなければならないと感じます。

学ぶということの大切さを、もう一度、真剣に専門的な知識を得ることで体得していければと感じます。

現実が窮地に陥れば、陥るほど、その厳しい状況でこうして、この学校にたどり着けたことを思えば、ピンチによってチャンスがめぐってきたという思いで一杯です。ですから、なんとしても御校で、介護の学習によって知識と実践と経験を深めたいと感じます。

3年前に、仕事と、人生の上での大きな節目がやってきました。今日までのその3年は、これからの人生を生きていく上での、大切な武器を得るための3年間でもありました。

なすべきことはこの3年、やり遂げたという思いで、一杯です。そんなときに、私が望むべき福祉と介護の専門の知識を得ることの出来るチャンスを、現状の生活の中で、受けられるということは、願っても無いチャンスと思っています。

昨年にホームヘルパー2級の講座を終了しました。

そして、1つの節目である3年というこの期間を、これからの人生の生きていく上での大きな武器を得た今、この本当の意味でのまさに、千歳一隅のチャンスでもあり、最初で最後のチャンスでもあると感じています。

ぜひともやり遂げる覚悟で、今日をこうして面接に望んでおります。

思いやりを保ち続け、共感できる人間性を養うということ。人間と人間が向き合える、心の通う介護を理想としていらっしゃる。

人生に共感できる介護。

自慢にはなりませんが、自らの人生の中で、失敗と成功と比べてみれば、多くは失敗を積み重ねてきた人生でありました。しかしながら、その失敗から現在を生きる力を得ているのだとすれば、やはり、成功も失敗も、前向きに生きる人間には、無駄というものは何一つ無いと感じます。

生涯学ぶことを貫く。それはなぜ?を追求すること。知識を得ることから、知恵を得るための1つに道のり。人間は、人生を生きるのは、知識を得るために生きているのではない。大切なのは、生きる知恵を得るための最短距離。その最短距離の目的は、幸せ。

思いやりは、他人を理解しようとする前向きな心を労することによって生まれる。共感とはその先にあるものなのだと感じます。人の痛みや苦労を分かち合えるということの共感は、同情などのように、その場凌ぎの感情ではありません。

共感できる心というのは、自分が多くの苦労を経験することによって、人の痛みを自分の痛みとしてどこまで深く感じることが出来るかということであると感じます。学ぶことは、その共感できる心を養うための入り口であり、その学ぶことから、起こる次の行動や経験という体験を積むことが、更に知識を生きたものに高めることが出来るのだと感じます。

介護の世界に必要なものは、知識以上に、人の心に共感できる心を養うということがなければ、介護の仕事の世界においては、その役目を果たすことは、難しいでしょうし、人生に共感できる理想と本来の目的を達成できないのではないかと感じます。

御校の理念の創意、誠意、熱意とありますように。福祉と介護の世界ほど、体を働かせることと同時に心を働かせることの必要な場所はないのではないでしょうか。人間は誰でも年をとります。

その老後という人生の最終章を、最高に幸せに送ることが出来るのかどうかということが、社会の中で、介護に携わる人たちに求められる役目ではないか?

介護とは、幸せな人生の最終章を送ってもらいたいという、思いやりと感謝を、福祉の仕事に携わることによって、高めていかなければならないと感じます。

社会的な立場に立って感じることの出来る「感謝」は、人生の先輩達のお蔭で、こうして今の世の中がある。勿論、その結果、失敗もあれば、成功もある。みんなそんな人生を送って生きているわけです。

生きているだけで丸儲けという言葉がりますが、やはり、人生の最後には、そんな風に思える生き方が、本当に幸せに感じることの出来る人生なのではないかと感じます。

また、今、現実の介護の世界に物理的な年齢や性別など、意味の無いことに拘るよりも、御校の理念でもある、創意、誠意、そして、最後の熱意が最も大切なことだと感じます。

介護の世界の人材の不足を嘆くことよりも、一人でも多くの人が、将来の現実は、やがては自分も同じ道を辿ることになるのだということを現在から未来を常に見据えることによって、他者への心の共感を得ることの出来る、心を養える社会にしていくことが大事なのではないかと感じます。

介護の基本と原点は、人と人のコミュニケーション。そのコミュニケーションの本質は、言葉と言葉ではなく、心と心が通い合うところまで掘り下げられるような人間教育を伴ったものでなくてはならないと感じます。

世界一の超長寿社会を迎えて、4人に一人は、高齢者という時代に、私たちに求められているのは、人の心に共感できる思いやりではないかと感じます。自分さえ良ければいいという人間には、人の心を共感できるような思いやりという心を養うことはなかなか出来ません。

でも、今の社会は、多くの困難を抱えていることから、社会の困難は、その中に一人ひとりの困難があるということ。社会は、一人ひとりの集まりに他なりません。

一人ひとりが真剣に、自分の未来や将来を考えることの大切さは、人との関わりなしに、幸せなどということはありえないはずと感じます。今程、人と人の関係を見直すことの大切な時は無いのではないでしょうか。

その人と人の関係を求めるための福祉と介護という課題は、その環境に携わる人たちだけの問題でも何でも無く、いづれは全ての人達がたどり着く場所なのだということなのです。

介護と福祉のこれからの未来は、今、健康に働くことの出来る人たちすべてが、その中に突き進んでいく世界でもあるということなのです。

その介護という現実を、厄介なものとしてしか見ないような、また、私達がいずれ、面倒を見てもらわなければならないということを自覚しなければ、いつまで経っても、この介護と福祉という世界の充実というのは図られることは無いと感じます。

福祉と介護という世界では、現実的な職業として必要な環境の整備に不満を感じることよりも、まず、多くの不自由を感じている福祉と介護を必要としている人たちの役に立ちたいという、思いが最も大切なものなのだと感じます。

これまで、成し遂げたくても、成し遂げられなかったこの福祉の仕事を介護という世界で、成し遂げることが出来るのなら、私にっとて、これまでの人生から、これからの人生を歩む上で大きな、節目になることは、間違いないと感じています。

年齢を見ないで、私の今、現在のやる気と熱意を汲み取っていただきたいと願います。

社会の役に立ち、人と人とつながることによって、人を助けることの引き換えに、学ぶことを得る。その学ぶことは、生きることの上において、とても大切なこと。学んだことを更に、実践と経験を与えていただくことによって、自分が生きる知恵につながる。その知恵は大きな財産なのだと感じます。

社会の中で必要なことは、感謝以外の何者でもないと感じます。共感できる人と人のコミュニケーションもそこには、自分が生きていることの目に見えないものを感じることの出来る心を養うことが求められているのだと感じます。

人間は誰でも、同じように年をとれば、老人になる。また、いつ、体に障害を背負うかわからない。そんなときに人の心を理解できる精神とは、苦労することが一番の近道なのだと感じます。

「筆談ホステス」という本が話題になりました。

辛いを幸せに変える一本を埋めるものという事で、その一本を埋めるための苦労というものがどれほど人生を生きる上で宝物に変わるか。そんな苦労を経験することによって、言葉に心を生み出すことが出来るようになるのではないかと感じます。それは、人に対する共感。思いやりの最高の形ではないでしょうか?
思いやれる心というものは、自分の中に苦労がなければ、相手の痛みや悩みを理解できる共感というものを産むことは難しいのではないかと感じます。

人間生きているだけで丸儲け。長く人生を生きてこられて方にとって、それだけ大先輩であるわけで、それだけで尊敬できると感じなければなりません。生きれば、生きるほど辛いことを乗り越えていかなければならないという現実。その現実を乗り越えて始めて、他者への共感を育てていけるのだと感じます。

私の家族である兄弟の中に、障害を抱えている者がおり、その両親の苦労などを見て育ってきたこともあり、高校卒業後は、福祉の学校へ進学しようとしたのですが、夢破れ実現することが出来ませんでした。また、その当時は、福祉と言えば、障害者のお役立つ仕事という考えでした。

また、その当時は、仕事としての社会的な認識も低く、大学進学の進路変更によって、自分の福祉という思いが、どんどん薄れていくこととなりました。それは、やはり、仕事はしたいけれど、不安定さということに対する心の定まらない弱さであったのだと感じます。

意味の無いことですが、今、思えば、あの時にもっと勇気があればと思うこともあります。その当時に福祉の仕事というものは、まだ、まだ、充実されているとは言えず、心の中で感じる不安もありました。やはり、将来を考える場合、不安定よりも安定を選んでしまったことの、今思えば、人生の大きな分岐点であったのかと思います。

でも、今こうして、人生の中でいろんな経験をして学んだことは、若い頃に出来なかったことをやっぱりやり遂げることの大切さというものをしみじみ感じるということなのです。常に言い分けがましく人生を送ることも、結局は、あの時に果たせなかったこと、あきらめたことが、いま、こうして、人生のどん底で感じることなのです。

私にとって、安定よりも不安定を選んでいれば、今の人生は、どれほど心の安定を得られたことにつながっていただろうかということも、時々感じる事があります。それは、後悔ではなく、自慢できない人生で生きてきた私の過去から学んだことであり、これから生きていく上での人生の選択枝をより幸せに生きるために必要なことでもあったのだと感じることです。

今、こうして、縁があって、私のどん底の人生の中で、受けさせていただけるということは、振り返ってみれば、遠回りの人生でやっとたどり着くことが出来た一つの道なのかと感じます。

だから、どうしても通わせていただきたいと願います。どうぞよろしくお願いいたします。

3年程前に、仕事と人生の上で大きな分岐点を迎えることなり、その間、懸命に生きてきました。それまでは、生活には恵まれていたのですが、生きることの上において大切なものを得ることのできない人生を歩んできたのです。そして、現在は、経済的には、どん底の状態なのです。でも、その間に多くのことを心の深いところで学ぶことが出来ました。生きることにおいての大切なことを本当に学ぶことが出来たということなのです。物理的なものが失われていく過程において、過去に得ることのできなかった、生きていく上での本当の大切なものが、どんどん発見されていく過程を感じることによって、今の私のどん底の経験というものは、その中で一生懸命に生きてきたという自信ととも確かなものを得たという充実感を感じています。

障害者のいる家庭で育ちながら、その両親の苦労している姿を見ながら、その苦労を同じように感じ取ることの出来なかったことは、一つに私の心の鈍感さと生き方の弱さであったのかと感じます。ですから、本当の苦労を経験することなく人生を送ってきたということなのです。

過去の多くの失敗によって、今、こうして、その失敗の原因がわかることによって、得難い生きることのうえで大切なものを得ることを知りました。それは、感謝ということです。世の中に感謝できない人生というのは、本当の幸せから遠ざかる人生を送らなければならない。金銭的に恵まれた人生を歩める人は、それと同時に、心を養わなければ、一生、心の満足を得ることが出来ないのではないかと感じます。

お金がなくなると、心も干からびるということもあるでしょう。それは、その苦しい現実に、自分の弱い心が負けているからなのだということです。自分の弱い心に勝つことによって、これまでの人生でどれほど、多くの人に支えられて生きてこられたかということが、どん底の人生を歩むことによって、気がつかされたのです。見えるものを失うことによって、見えないものに気がつける人生を歩めることが出来るようになりました。

お金というものは大切だけれど、まず、心の幸せというものに、自身と対峙しなければ、お金が本当の幸せを運んでくれるわけではないということなのです。お金は心を使うために存在しているわけで、その心を使わなければならないということの大切さを知りました。

今、こうして、人生のどん底で、めぐり合えたことは、やっと回りまわって、本来成すべきことの場所へ戻ってきたという思いで一杯です。学ばせていただける機会をぜひ与えていただきたいと願います。

この介護の世界で残りの私の人生を全て捧げることが出来るように誓いたいと思います。

必要とされるところで、必要と思える自分が身を粉にして働けるというのは、安定や不安定などよりも、生きることの満足を感じることの出来る、「やりがいのある仕事」に出会えることの感謝の気持ちで生きて生きたいと思います。

介護を必要とされている方の悩みと痛み、悲しみや苦労というものに、少しでも共感できるようにお役に立ちたいと願います。人間はみんな生まれて、年をとって死んで行く。その間にどれだけ人間と縁を深めていくかということが、自分の老後の最終章を満足な幸せな心で送る事が出来るかどうかにかかっているのだと感じます。

学ぶことの基本に立ち返って、真剣に取り組んでまいりたいと思います。

人の痛みや苦しみを理解することの難しさを解決するには、自分がその同じ状況よりもさらに多くの苦しみを経験すること。もっと進めば、死ぬほどの苦しみを乗り越えた人は、本当に強いと感じます。その中で、大切なものを掴むことが出来るからです。でも、本当に大切なものをつかめる人生を歩むためには、自分の弱い心を常により強く、正しい方向に変えてくれる、弱い心を支える強い自己が必要になってきます。

その強い自己を鍛えることこそが、現実を一生懸命に生きるということではないかと感じます。

現在の生活は、確かにどん底なのですし、生活の苦労はひとしおなのですが、心の面での充実を考えれば、むしろ大切なものを得るための得難い経験をさせてもらっていると感じることのほうが多いです。それは、自分が多くの苦しみや悩みを経験することによって、乗り越える過程で自分の心を知ることによって、人の心が理解できるようになったということなのです。

見かけだけの満足の行く生活や、金銭的に恵まれた環境よりも、厳しい環境のほうが、人間と言うものは深く、生きていく人生の上で大切なものを得ることが出来る。

強く前向きに生きる人にとって、どん底ほど、得難い経験の出来る場所は無いと感じます。
おうばいとうり・生きることは自分探しの旅でもある。自分のやりがいのある居場所を探すたび。

福祉と介護の世界で役にお立つことの出来るやりがいのある人生を送れるためにどうぞよろしくお願いいたします。

私が再び、障害と介護福祉と再び志すためのより現実的なスタートとなることを願っています。

介護保険制度のスタートにより、与えられるサービスから、自ら選らぶサービスへ。

そのサービスを実行するためには、知識や技術を越えて、心と心のつながる介護は、人生に共感を感じることの出来る心を磨いていかなくてはなりません。常に介護に求められているものは、相手の立ち場に立つこと。人間らしく生きたいという願望や誇りを尊重するという相手を思う心が、人生に共感できる心を更に呼び起こすことにつながる。

学ぶということは、どこまでも謙虚に生きるということ。傲慢な人生で学んだこと大きな人生の失敗を二度とはしたくないという思いです。

学ぶことによって謙虚に生きる。謙虚に生きることによって、思いやり心を磨く。そして、社会に役立つことが、人生に共感を感じる生き方につながる。福祉社会に貢献できる。

質の高いサービスを提供することが必要です。介護における質の高いサービスとは何か?それは高齢者の人生に居如何に共感できるということが問われているのではないかと感じます。


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